二時であった。――

「そば、忘れちゃったんじゃないか」
 進が待ちかねたように云い出した。
「いや」
 目をしばたたきつつ、
「今夜は、待たせることをむこうじゃ勘定にいれてるんだ」
 佐太郎が説明したが、サワ子は自分が云って来た責任上当惑そうに、
「わからなかったんでしょうか」
と、皆の顔を見まわした。
「きつねを、たぬきとでもきいたんであるまいか」
「サワ子さんたら!」
 満子が編物をとり落すほど笑いこけた。サワ子は、プリントの仕事などさせられると粒の揃った細かい字が書けないで先ず閉口するたちであった。いつかもこういうことがあった。
 或る仲間が、もしかすると検挙される危険があるという場所へ出かけ、遂にやられた。そのとき、安否を見とどけるために別の仲間が一人ほんのちょっとはなれたところまで行っていたということがあとで知れた。その話をきいたとき、まさもサエも、
「何だろう! ただ見とどけたって、あとの祭りじゃないか」
と残念がった。ちょうどそこにサワ子も居合わせた。彼女は腹立たしそうに胸を張って、
「安否を見とどけるって――変ですわね、見とどけて、ああこれは否《ぴ》じゃわ、とそのまま
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