馬車が置いてある乾物屋の軒下に立ちどまってしまった。
「いずれゆっくり御返事いたしますけれど、今夜はもうおそいし、私も困りますから……五十八分でおかえりでしょう?」
「どうも――もうちっと僕の人格を信じて下すってもいいでしょう」
ハッハッハと山口は笑ってタバコに火をつけるのであるが、瀧子はそこから一足も動こうとしなかった。
山口の後姿が本当に改札口を入ったのを見届けてから、瀧子は何かむっとした心持で足早に家にかえった。狭い村の暮しの中で言われることは知れている。そんなことは知りぬいている山口として、することが気に染まないのであった。
講習が終りに近づくにつれて、瀧子は忙しくなって来た。村にも北支への召集が下って女子青年の慰問袋作りが補習学校を中心にはじまった。生徒代表を引率して出征する兵を送りに出ることも、女教師の間で順番に割当てられた。県当局主催の時局問題講演会が屡々《しばしば》催された。教師は出席しなければならないことになっている。
狭谷町公会堂で、時局精神振興講演会があった晩、瀧子は、ラジオの特別のニュースの声が流れている往来を駅までゆき子と歩いた。
「こないだの帯、つ
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