いまだかえさないですまないわね」
「そりゃかまわないけれど――あっちの方、どうした?」
「どうって」
瀧子は、一種の厭悪をもって、今夜も役員席に納って彼方此方に目を配っていた山口の白いカラーにくびられている喉たんこのところを思い起した。
「あのひとったら、私の心持さえきまれば、内祝言でも早くしたいと言うんだけれど……」
「なかなか敏腕だし、ほかに難はないんだけどねえ」
ゆき子は笑いもせず、はじめの細君が病気になったら、山口がその病気になった細君を背負って実家へ行って、一言も口をきかずに家の入口へ置いてかえって来てしまったという話をした。
「ほんとに、ひとっことも利かずだってさ。……どういうんだろ」
その女がなおった時、山口はもう二度目の女を入れていて、しかもまた初めの妻とよりが戻り、二度目の妻の出たのはそれが原因なのであった。
瀧子は、きちんと畳んだハンケチをもっている手を仄白い自分の無邪気な丸顔の前でふるようにして、
「もういい! もういい!」
と、つよく言った。「先からやいやい言うのに、ろくなのはないにきまっている――売屋敷とおんなじだわ」
山口の方は、この頃のいそがしさ
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