ゃ、私としては瀧子さんには話がもち出せませんて言ったんだのに――ふーん、行ったの!」
 ゆき子の好意はよくわかったし、それを出しぬいてひとり暮しのところへ直接来た山口の心底に何かいやな押しづよさが感じられるのであるが、元の妻であった女がそんなことを言っているということも、滑稽じみて莫迦《ばか》らしかった。
「そりゃあの人にしてみれば、あなたに承諾されれば全く申し分がないだろうけれど――私ひとつ女の側から訊いてみよう、ね、あなたが下らなくひっかかっちゃ私もくやしいもの」
 十時すぎて、たたんだ袴を風呂敷づつみにして持ち、かりた単衣帯をちょっとしめて帰って来た瀧子が駅の改札口を出ようとしたら、
「やあ、おそいですな」
 売店の横から立って、ワイシャツに上衣なし姿の山口が近よって来た。笑いの中に好奇心を現わして二人を見ている売店の女は、朝夕そこを通って出入りしている村人全体の顔馴染である。挨拶をして、そのままさっさと駅前へ出る瀧子を追って山口は並んで歩いた。
「実はさっきちょっとおよりしたんだったが、御不在だったから――きのうの話は、いかがです、お考えがつきましたか」
 瀧子は馬をはなした荷
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