瀧子は山口に言った。
「ひとが見たら私の我ままかもしれませんが、とにかく御希望に添いかねるんですから」
 山口は、しきりに目瞬きをしながら、自分のやりかたのどこが瀧子の気に入らなかったかと思いかえしている風であった。
「どうも分らん」
 そして、「こうやって御婦人一人のところに来たって、僕が一度だって怪しからん振舞に及ばないことを考えたって、人格を認めて貰えると思うんだが……」
 団扇で顔の半分をかくしながら、瀧子は腹立たしいおかしさをやっと堪えた。ああこれはなんという愚劣な告白であろう。
 次の日の帰り、汽車がこんで、瀧子は昇降台と車窓との境のところにオリーヴ色の袴の裾をはためかせながら立っていた。村の停車場の端れに川があって、短い鉄橋をゴッと渡ると機関手はいつもスピードをゆるめた。それから構内の組合倉庫が目の前を掠め、露天に砂利を敷いたプラット・フォームにかかるのであるが、機関車から二つ目の車輛にいた瀧子は、汽車が止りかけると、降りようとする人波にさからいながら急に無理な動作で、洗面所の前の見とおしのところへ体を引こめた。改札のところで駅夫と喋っている山口の姿が、むこうでこちらを見
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