るより先に瀧子から見つけられたのは、本当の幸だった。瀧子はとっさにのり越しの決心をした。動き出した汽車の反対側の窓の方に席をとって、人の陰から改札のところを見ると山口は顔をこちらに向け、バットの灰をのばした人指し指ではたき落しながら立っている。
ガッタンと無器用に動き出した汽車はカンナの花の真盛りの構内花壇を通りすぎると、黒い柵に沿って次第に速力を出しはじめた。柵のところどころに、短い棒切れに結びつけた日の丸の旗が貧しげに出されている。誰かを出征させている家族が、そうやって自分の家の前の柵に日の丸を夜も昼も、還って来る日までと、出しているのであった。瀧子はきょう学校へ来た魚売の神さんが、よう覚悟しとったのに、どういうもんじゃろか、五体がふるいますけん、と真蒼な顔をして笑っていたのを思い出した。神さんのところには六人子がいるのであった。瀧子は、そうやって明け暮旗を出している人々の心持、魚うりの神さんの蒼い笑顔を思うと、鳥肌立つ気がした。そのような人々の切ない混りけない今の気持にのって山口のように生きようとしている男もあるのである。瀧子は深い心痛む思いにとらわれながら、二つ先の駅まで揺ら
前へ
次へ
全16ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング