む、この分だと大分日本側として決意をかためとるらしいね」など、消息通めかして独言した。そして、
「きょうは、ひとつ、あなたの尊い日本婦人としての母性愛にすがって、もう一遍僕の気持をきいて頂きたいと思って」
と、山口の言うことは、瀧子がゆき子からきいた同じことがらを、もっと感激調に飾った内容であった。
「そりゃ、僕という男は欠点が多いです。人間だから、誤りもある。だが、子供らは、その罰を受けなけりゃならんというのはあまり不憫です。僕の僕としての純愛は理解して頂けると思うんだが……」
 瀧子は、波立って来る心持を制して穏かに言った。
「そういうお心持なら、やっぱり一番いいのは生みのお母さんです。あなたの御事情がわかればその方もきっとよろこんでまたおかえりなさいますよ」
「――覆水盆にかえらず、です」
 経済的な瀧子の条件に山口が目をつけている。また、女教師という地方では身動きの軽くない周囲からの旧いものの考えかたの掣肘も男の便宜として考えに入れている、そのことがまざまざとわかって、瀧子は口を利くのもものういのであった。
「どうぞ、この話はお打切りになって下さい」
 一時間の余も対坐した後、
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