は年配から云って……もしかしたらなんだって。自分が出たあと安心して家族を見てもらえる女は瀧さんしかないから是非って、うちの校長なんかを動かしにかかっているもんだから――……」
 聞いているうちに、瀧子の柔かい耳朶に血がさしのぼって来るのが感じられた。ゆき子も、そこにつとめている一人の女教師として微妙な立場にいることは、同じ勤めの瀧子にわかるのである。瀧子は複雑な腹立たしさを、「私、いやだ」と、単純にはっきりした言葉で表現した。
「そんなのってありゃしない。女の一生をみんな何と思っているんだろう!」
 そう言い切ると、このいきさつが始ってこのかた堪えていた涙が急に瀧子の眼から溢れた。
「そんなことまで口実に利用して……」
 ゆき子は「そうなのさ!」善良さまる出しの同意でうなずいた。
「全くそうなんだけれど――こんな時期だから、うまく切り抜けないと……いろんな誤解されかねないから――なまじっか山口が有力者の端くれだもんだから本当に始末がわるいったらありゃしない」
 狭い土地の環境では、山口ほどの男でもモーニング一着でも身につければ、青年学校の主事とか何とか相当の口の利き得るのは実際なのであ
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