日傘がもちあげられた。その下から現れたのは、ゆき子の顔であった。庭から劈《き》って来たらしい花をハトロン紙で包んで手にもっている。ゆき子は、井戸端の小さい草堤を、親しさをあらわした大業さで、やっこら、とまたぎのぼり、
「おおかたこんなことだろうと思って、お八つをこしらえて来たわ」
 メリンス風呂敷の小重箱をさし出した。「すぐひやしといて――私もたべずに来たの」
 瀧子は白玉を冷たい井戸水の中にうつした。
 出してやった瀧子の浴衣にくつろいで白玉もたべ終り、ゆき子は最後の赤い小布が張板にのされるのをぼんやり眺めていたが、やがてちょっと改まった声で、
「ねえ、ちょっと」
 瀧子によびかけた。
「なあに」
「あなた、どうしても山口さんとこへ行く気しない?」
 いかにも意外な言いかたである。瀧子は思わず目を瞠って、
「何故そんなことを言うの、今更――」
 まじまじとゆき子の顔を打ちまもった。ゆき子は極りわるげで、わざとピンで髪をかくような顰《しか》め顔して瀧子の視線をさけつつ、
「私だってもちろん万全だと思ってはいやしないけれどね――召集されるかもしれないんだってさ」
「あのひとが?」
「今度
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