消す。煙草、煙草、また一字、という風で、自分まで実に辛かったとか。そんな断片的な話をよくされた。二十前の小娘を相手では瀧田氏もその位の話題しか見出せなかったのだろう。丁度、田村俊子氏の生活が動揺し始めた頃であったと見え、非常に疲労の現れた作品を送ってよこしたということも聞いた。素木しづ氏も存生で、一人お子さんが生れた当時であった。生活が楽でなく、困り抜いた揚句であったろう。深夜、一台の俥に脚の不自由なしづ氏と赤ちゃんが乗り、良人であったU氏が傍について西片町の瀧田氏を訪ねて来られたのだそうだ。金策の相談があった。けれども、瀧田氏は、誰でも知るあの言葉つきで、
「断りました」
と云った。
「なぜ?」
「私は一さい情実に捕われないことにしています……書いたものを買うなら別だが」
一つの插話にすぎないが、私は、氏の編輯者道とでもいうべきものの一端を見るように思った。
大正九年の初夏に一度、西片町の家を訪ねたことがあった。二階の部屋に通された。そこには、氏の特に愛蔵する夏目漱石氏の書、平福百穂氏の絵などが豊富に飾られてあった。別に、鴨居から一幅、南画の山水のちゃんと表装したのがかかっていた
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