。瀧田氏は、ぐるぐる兵児帯を巻きつけた風で、その前に立ち、
「どうです、これはいいでしょう」
と云った。筆の細かい、気品のある、穏雅な画面であった。
「誰のです」
「それが、私は(確な名を忘れた)××だと思うんですが、落款がないんです、手に入れた時、夏目さんに見せたら、こりゃあいいと云っていた」
書斎の方に座って、陶器の話などした。私の父がこの頃少し凝りかけていたので、自然そんな方面に向ったものと見える。そんな時も、氏は元気よい話手であった。そして、日本画壇の、所謂大家というものに対して、率直な不満を洩した。平福氏の画が好きなのは、その人格がすきだという話も聞いた。画壇に於てばかりでなく、各方面に、そういう、或る見識に立脚した批判と選択を持った人であった。
考えて見るのに、私は、瀧田氏の極小部分しか知らない。而も、その小部分によほど、弱音器がかけられていると思う。大人は子供に水を割った葡萄酒を飲ませる。――そんな意味で、ひとりでに、極自由な、溌溂と全幅の真面目を発揮する氏の風貌に接する機会のなかったのは残念であった。
[#地付き]〔一九二五年十二月〕
底本:「宮本百合子全集
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング