、経済の点でも決して楽だとは云えないだろうと考える。私は残念ながら、詳しく漁家の経済のくみたてられかたを知らないのだが、はたで見ていても地引が空なときの寂しさは、何とも云えない。漁家の収入と云えば、不規則なものときまっているらしいが、現在では一般にどんな改良が加えられているのだろうか。
 自分たちは直接海へのり出して行かないで、その結果だけ待っていて家計をやりくってゆく漁村の女の暮しが楽でないことは、大正八年に米の価が途方もなくあがったとき第一番にそれに反対したのが富山県の漁夫のおかみさん達であったことからも判断出来る。
 この三四年来は、さぞ漁村からも働き盛りの男たちが留守になっているのだろうが、あとの稼業や生計はどんな工合に営まれているだろうかと考えられる。農家では、女と子供の働きが非常に動員された。ある場所では機械や牛馬の力も加えて、男のいないあとの耕地を女が働いてやっている。
 海へ女がのり出して働かないという昔からの習慣は、その活動が女の体力にとって全然無理だからなのだろうか。それとも穢れをきらうというようなことに関してのしきたりで、女は海上に働かないことになっているのだろう
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