ときまたかえって来たとき、子供もいれてそのまわりに働く女の様子も印象にきざまれている。
 ヤアヤアというような懸声で舟のまわりにとりついてそれを押し出してゆくときの海辺の妻や娘たちの声々。それからまた西日が波にきらめいているような時刻、黙って一生懸命な顔で、かえって来た舟を海から陸の砂へ引き上げようと力を出して働いているときの女たちの姿。
 何しろ対手がひろい海、力のつよい海だから海辺の女の動きも大きくて活溌で、農村の女の身ごなしとはまるでちがう逞しさが感じられるのである。
 けれども、海に働く人々の妻や母や娘たちは、ひととおりでない心配や悲しみにもおかれていると思う。自然の力に対して戦ってゆかなければならないことは、農村のひとも海のひとも同じだけれど、そこに働く人が毎日さらされている命の危険は、海と農村とではくらべものにならないだろう。西洋でもそれは同で、漁夫の家庭のめぐり会う悲しみを描いた名画や、それでも海の子はやっぱり海へとひかれてゆく物語には、いくつも立派なものがある。
 海に働く良人や父をもつ女の生活は、そのように農家の女の余り知らない心づかいをその底にもって営まれている上に
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