ひどく長い間駈けることの出来る男であった。まったく、よく駈けられる。いほ[#「いほ」に傍点]は、従卒というものが、こう駈けつづけられる者だとはその時まで知らなかった。彼は、栗毛の、西洋名のついた馬に騎《の》って小刻みな※[#「足へん+(炮−火)」、第3水準1−92−34、502−11]《あがき》で出かける主人について、靴のまま、いほ[#「いほ」に傍点]が見当も知らない遠方の役所まですたすた駈けて行くのだ。而も毎日。――
 そして、素晴しい力持ちでもあった。彼が、小さないほ[#「いほ」に傍点]を両腕でぎゅうっと自分の胸に擁《だ》きしめると、いほ[#「いほ」に傍点]は潰れそうにクウと喉を鳴らしながら、ちぢれた頭を打ち振って嬉々《きき》と笑った。
 ここに一つ、いほ[#「いほ」に傍点]の困ることがあった。それはほかでもない。臭いことだ。従卒は、こんなにも馬とぴったり隣合わせに暮して、馬臭くならなければならないのだろうか? 板の羽目一重の彼方が厩、此方が夫婦の部屋。いほ[#「いほ」に傍点]はよい眠りてであったから、夜中に二匹の馬が魘《うな》されるのや無礼に水を迸《ほとばし》らせる音は聴かなかっ
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