、土ふまずが平ったくなる程方々の台処で働きつづけたのだ。女中をしないとすれば、次に、彼女は何になるというのだろう。
 屑屋の叔母が、或る日いほ[#「いほ」に傍点]を、靴なおしの兄の家に訪ねて来た。靴底に、金の減りどめを打ちこむトントン、トントンという音に合わせて叔母は、いほ[#「いほ」に傍点]に一番適切な話をした。
「お前さんに頃合いな人があるよ、軍人さんところで、従卒をしている人、三十だって。貯金もあるそうだよ、それに勲章まで持ってるんだって」
 屑屋の叔母は、自分の娘のようにいほ[#「いほ」に傍点]の世話をした。いほ[#「いほ」に傍点]は、南洋の大|羊歯《しだ》のような飾ピンをさして、勲章持ちの従卒だという男のところへ嫁入りした。
 正月に、友達と写す筈だった写真を、夫婦で撮る時、いほ[#「いほ」に傍点]は夫に云った。
「お前さん、勲章何故下げないの? 似合うわよ、その装《なり》に」
 夫は、変な顔をしていほ[#「いほ」に傍点]を見たが、急に威勢よく帽子をぐいとかぶり答えた。
「ちょいとその――今ここにゃあないのさ!」
 いほ[#「いほ」に傍点]の夫になった男は、脊の低い、元気な、
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