らっしったんですの、一緒に泣いてしまいましたわ。ねえ、マリーナ・イワーノヴナ、私も女ですよ、あなたの辛いお心がひとごととは思えませんわ。――それでね、レオニード・グレゴリーウィッチ、お願いと申しますのはね、あなた当分、この不幸な方を保護して上げて下さいませんこと?」
 ジェルテルスキーは、咽喉仏《のどぼとけ》を引き下げるようにして低い声で答えた。
「私の力にかなうことなら悦《よろこ》んでお力になります」
 が、そう云い終ると同時に、彼の艶のない白っぽい眉毛の生えた額際を我にもあらず薄赧くした。たった一間しかない住居のこと、彼の衣嚢《ポケット》にある一枚の十円札のことなどが、瞬間彼の頭を掠めたのであった。
 彼が赧くなると、マダム・ブーキンも一寸上気しながら、大仰に吐息をついた。
「私、出来ることなら切角来て下すったんですもの、家へ幾日でもいていただきたいと思いますわ。どんなにまた仕合せにおなりになるまで、傍にいて慰めてお上げしたいでしょう。――でも……」
 マダム・ブーキンは若い娘のような身振りで膝の上に擦れた手提袋の紐を引っぱった。
「ああ、みんな元のようではないんですものね、それに
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