若さもない、夫もない。――エーゴルは、死んだって、生きかえった時を心配して墓まで金を縫い込んだ襯衣《シャツ》を着て行く人ですよ――ああ、その時のことを想って御覧なさい。何が力? その時死から私を守って呉れるのは金だけですよ、その金も、もう新しく蓄《た》められる金ではない、一|哥《カペイカ》ずつ消えて行く金、二度と我が手にはとりかえせない金です。私にはその一哥を出さなけりゃならない時の恐しさが今からありあり、目に見える程わかっている。――だからね、ダーシェンカ、三百円は、私にとってただの金ではないんですよ、命の一部分なの、それを、ね、ダーシェンカ、そんな思いでためている金を、私より技量《うで》のある、丈夫なエーゴルに騙《かた》りとられて黙っていられるでしょうか、ね、ダーシェンカ」
ダーリヤは思わず優しく静脈の浮き上った指先の短いマリーナの手を撫でた。
「きっと今にエーゴル・マクシモヴィッチはお返しなさいますよ、ただ約束の日にかえせなかったというだけですよ」
「――エーゴル・マクシモヴィッチは、どうしてああ慾張りなんでしょうねえ、私が殺すと思ってこわがるなんて――ダーシェンカ、あのひとは
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