先の動きを眺めていた。彼女の前に、白と桃色の毛糸で編みかけの嬰児帽が放り出してある。彼女がこの二階に来てから五日経った。ダーリヤも、マリーナも、その五日を実にはっきり数えて過して来たのだ。――
「アーニャ、何ぐずぐずしているんだろう」
マリーナが、その日何度目かにぶつぶつ云い出した。
「あの娘《こ》には、どんなに教えたって物を手取早くするということが解らないんだから――エーゴルの姪に違いないわ」
ダーリヤは落付いた調子で答えた。
「子供ですものまだ何と云ったって――でも本当に年より役に立っていますわ」
マリーナは朝から、養女のアーニャが麻布の夫の家から使に来るのを待っているのであった。
「私に充分正当の理由のある衝突でこうやっているのに、顧客《とくい》まで失くしちゃいられないわ、ねえ」
彼女は、自分のところへ来た注文はどんな小さいものでも、洩れなくアーニャにダーリヤの二階まで運ばせた。彼等夫婦の間には他人の理解出来ない特別の諒解があると見え、そんな持続的の喧嘩をしつつ、エーゴル・マクシモヴィッチの方も、妻の稼ぎに対しては咳払い一つしないらしかった。そんなことは、ダーリヤの常識に
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