ナにたよって暮していられるんだもの。私なんぞ惨《みじ》めなものだ、仕事がなくなって御覧なさい、どうして生きられて?」
「だって――貴女お金持じゃありませんか」
何心なく云ったダーリヤの言葉は、思いがけない反響を呼び起した。マリーナは、
「ね、後生《ごしょう》だからダーシェンカ」
心臓でも搾《しぼ》られるように云って、ダーリヤの手頸を捕え、自分の胸に押しつけた。
「どうか私がただの吝嗇坊《しわんぼう》で、お金のことをやかましく云うのだと見下ないで下さいね? 私あなたがたが黙ってても心でさぞ賤《いや》しい女だと思っているだろうと思うととても辛いの。ね! ダーシェンカ、親切なダーシェンカ、あなただけは私を分ってくれるでしょう?」
ダーリヤは唐突真情を吐露された間の悪さと一緒に少なからず心を動かされた。
「それは、マリーナ、あなたにはあなたの十字架があるのはお察ししています」
マリーナは嬉しそうにダーリヤを見て合点合点をした。
「本当にそうよ、十字架!――ね、ダーシェンカ、あなたにはまだまだ私位の年になった女がどんな恐しい心持で将来を見るか想像も出来やしないわ。保護して呉れる国もない、若さもない、夫もない。――エーゴルは、死んだって、生きかえった時を心配して墓まで金を縫い込んだ襯衣《シャツ》を着て行く人ですよ――ああ、その時のことを想って御覧なさい。何が力? その時死から私を守って呉れるのは金だけですよ、その金も、もう新しく蓄《た》められる金ではない、一|哥《カペイカ》ずつ消えて行く金、二度と我が手にはとりかえせない金です。私にはその一哥を出さなけりゃならない時の恐しさが今からありあり、目に見える程わかっている。――だからね、ダーシェンカ、三百円は、私にとってただの金ではないんですよ、命の一部分なの、それを、ね、ダーシェンカ、そんな思いでためている金を、私より技量《うで》のある、丈夫なエーゴルに騙《かた》りとられて黙っていられるでしょうか、ね、ダーシェンカ」
ダーリヤは思わず優しく静脈の浮き上った指先の短いマリーナの手を撫でた。
「きっと今にエーゴル・マクシモヴィッチはお返しなさいますよ、ただ約束の日にかえせなかったというだけですよ」
「――エーゴル・マクシモヴィッチは、どうしてああ慾張りなんでしょうねえ、私が殺すと思ってこわがるなんて――ダーシェンカ、あのひとは
前へ
次へ
全21ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング