早口にそう云いながら、瑛子は後にまわしている自分の手を一層うしろへ引っぱるように肩を動かした。
「何て男だろう、金を出してくれれば一生奴隷になるなんて。あなたが僕に特別な好意をよせていて下さることはよく知っている、だってさ! 私は、きっぱりそう云ってやった。あなたの云うことをきいたら、よしんばあるお金でも出したくなくなりました、って。――人を馬鹿にしている!」
宏子には漠然とではあるが、富岡が母へは娘という態度でいたのが判った。さっき往来で逢ったときの血走ったようになっていた富岡の眼付や宏子から一歩どいて歩き出した時の身ごなしなどが、何とも云えず厭わしい気持で思い出された。宏子は、堂々と怒っている恰幅のよい母の前に立って、瞬きもしないで富岡に対する罵倒をきき終ると、唇をひきしめた顔付でおかっぱを振りさばき、客間を出て自分の部屋に入った。
それから後は、土曜の晩も、再び冷静な平凡な夜々に戻った。
秋になってからの或る夕方のことであった。その頃から一層沢山本を読むようになった宏子が、おそくまで図書館にいて、街燈が点きはじめた時分、帰って来た。池の端に向って坂になった歩き難い通りの端
前へ
次へ
全75ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング