たら不幸になるだけよと云った。姉が本気にそう云った顔をも順二郎は今はっきり思い出すことが出来るのであったが彼の見かたはまた別であった。田沢がどういう性格であろうと、自分より学識の点では豊富なのだから、その学識の面でつき合うことは正しいと、ここでも亦抽象して順二郎は自分に公平だと信じられる行動の理窟を立てているのである。
 順二郎は帝大の横門から入って、田沢の研究室の方へ風や砂塵と闘いながら歩いて行った。

        八

 図書館のところを順二郎が通っているとき、そこから二人連の学生が出て来た。
「ひどいなア」
 一人が顔をそむけて風にさからいながら帽子の庇をおさえた。もう一人は、重吉であった。彼はいきなり真向から吹きつけた砂塵に顔をくしゃくしゃとさせたが、そのまんま黙って同じように心持上体を前へかがめて大股に表通りの方へ歩いて行った。
 電車の停留場まで行ったとき連れの山口が、
「今晩出て来るかい」
と云った。
「ああ。六時半からだったろう」
「創作方法をやるんだそうだ」
「そうかい」
「光井も来るそうだ。是非来いよ。今夜は一つ大いに蘊蓄《うんちく》を傾けて見せるぞ」
 週一回
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