、本屋の二階でやっている文学研究会が今夜あるのであった。
「じゃ」
「うん」
重吉は、東京でも有名な寺のある町角のところで電車を降りた。そして、二三丁先の、いつ見ても客のいたことのない印判屋の横丁を入って、古びた小さい二階家の格子をあけた。
大工の後家である下の婆さんが襖の中から丁寧に重吉の挨拶にこたえながら、
「お手紙が来ていますよ、お机の上にのせておきました」
重吉は、肩を左右にゆするような体癖で重い跫音を立てながら部屋へあがった。山口が、対にこしらえさせた白木の大本棚が六畳の壁際に置かれている。机の右手には三段になった飾りのない落つきのいい低い本棚がある。重吉は白キャラコの被いのついた薄い坐蒲団の上に制服のまんまあぐらをかいた。そして、左の掌でほこりっぽい顔を一撫でした後、机の手紙をとりあげた。一通は重吉の見馴れたハトロン紙にマル金醤油株式会社宇津支店と印刷した傍に、佐藤ケイとぎごちなく万年筆で書いた手紙。母親からの手紙であった。もう一通は、水色の西洋封筒が珍しいが弟の悌二の字である。封をすぐは切らないで、重吉は、二通の手紙に目をつけたまま肩をゆすってあぐらをかき直すような
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