たのに、あんぺ[#「あんぺ」に傍点]に渡したのは順二郎一人なのであった。
順二郎は、学校ではこの頃次第に一種の変り者と見られるようになりかかって、幾分それを自覚してもいた。山瀬などは、
「僕は加賀山のいるところで議論するのはいやだよ」
と、順二郎に向って率直に非難した。
「君はいいかげんのところへ行くと、いつも対立をぼやかす折衷論ばっかり出すんだもの、発展がありゃしないや」
シクラメンの細かい発芽の上にとどまっている順二郎の動かない視線のなかには孤独な、思い沈んだ表情があった。順二郎から見れば、まわりの人々はみんな母だって姉だって友達たちも、何かシーソーの両端にのって、上ったり下ったりしているように思えた。結局は五分五分だのに、賛成したり諍ったりしているように思えた。そういう騒々しい、そして不確定に思える波立ちのどっかの底に、人間全体をひっぱって行く絶対な真理というものは無いだろうか。正義を愛し、平和を愛すのが人間の本性だとすれば、どうしてそれを純粋に愛と正義とによってだけこの世にもたらす真理や手段がないのだろうか。どっかにある筈なのに、人間の探求心がそこまで真剣につきつめられてい
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