の日から時間をきめて本をよんでいたのをやめ、休暇が終る前の日、寮へかえってしまった。
温室の中で、三脚にかけて風の音をきいている順二郎の心に、憤ったようにして自分を見つめていた姉の顔が泛んだ。それと重り合うようにして、小田だの、山瀬、桂という同級の連中の嘲弄的な声や目や肩つきが泛んだ。上唇に薄すり柔毛のかげがある順二郎の丸い顔は心持蒼ざめた。四日ばかり前、昼休みの丁度前学生集会所へ撒かれた。順二郎も拾った。読み始めていたところへ、
「拾ったものは、こっちへ出したまえ! 持ってちゃいかん。出した、出した!」
あんぺ[#「あんぺ」に傍点]と渾名《あだな》のある体操教師が怒鳴りながら駆けつけて来た。
「おい、出した!」
順二郎は、素直に手にもっていたものをあんぺ[#「あんぺ」に傍点]に渡した。傍にいてそれを見ていた小田が、腰につけている手拭をやけにパッとぬきながら、
「おい加賀山、君の公明正大論もいいかげんにしろよ」
いかにも軽蔑したように云った。きちんと制服に靴をつけ、手拭を腰に下げる趣味も持っていない順二郎は、態度は崩さぬながら顔を赧くした。まわりにいた学生たちも持っていた筈だっ
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