つくるしか楽しみのない人じゃないか。それだのによくもお前は姉としてたった一つの弟のよろこびに毒を注げる! 私は順二郎を守るよ! 何処までもこの純なひとを母として守って見せる!」
 宏子は大変当惑した。二人きりになったとき、宏子は真心からの心配を弟を見守る目にあらわして云った。
「ね順ちゃん、あなたしっかりしなくちゃ駄目よ。純だ純だって――本当に何だか心配だわ」
 順二郎は、柔毛でうっすり黒い上唇と下唇とをキッと結び合わせて、宏子の云うことをきいていたが、
「僕、みんなの云うこと僕として考えて聞いているんだから心配しないで」
と云った。
「そりゃそうだわね、順ちゃんは軽薄じゃないわ。だけど……」
 この休みの間に、宏子は弟と自分とのために学課以外の勉強の計画を立てて来ていた。そして、二人でふだん順二郎の机の周囲にはない雑誌や本を少しずつ読んだり、そのことについて喋ったりしたのであったが、啓蒙を目的に編輯されている一つの雑誌の表紙を凝っと眺めていて、順二郎が、
「僕、こういう絵、わからないなあ」
と云った。それは赤い大きいドタ靴が、ビール樽のような恰好のシルクハットに金鎖の髭男を踏まえよう
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