としている絵であった。
宏子はすこし照れた表情で黙っていた。芸術品としての意味から順二郎が云っているのかと思った。そうだとすれば、画材は素朴にあつかわれていることを宏子も認めざるを得なかったから。しかし順二郎の意味は別のところにあった。
「僕、こういう気持がわからない。何故残酷なことをこっちからもしなきゃならないのか、そこがわからない。だって理論は人間の社会に正しいことをもって来ようとしているのに、何故そのために旧い悪いことをまたやらなけりゃならないんだろう。僕実に疑問だ」
弟の意味がはっきりして来るにつれ、宏子は、困ったような愕いたような目をだんだんに見開いて、
「だって順ちゃん」
と呻いた。
「だってさ、順ちゃん、右の頬っぺたをぶたれれば、左も、はいって出すと思える?」
「ちがう。僕だってきっとぶち返すんだと思う。だけど、僕には僕がそうしていいのかどうかが分らない。殴るってことがわるいならどっちが先だって後だって、わるいにきまってるのに」
順二郎は苦痛をもって云った。
「人間の理窟って、考え出されたようなところがある。絶対じゃないんだもの」
「――変だわ、順ちゃんの考え方、変
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