るのか、どんな破局がおこるのか。そこには恐怖がある。それでも母は本心に従ってやったらいい。宏子は一生懸命で気力を集めてその考えに到達していた。だのに瑛子自身が、妙に体を捩《ねじ》くらしたような態度でいいかげんな風に喋るのを見ると、宏子は我慢がならない気がした。瑛子は瑛子で、自分の本心を素直に掴むことを知らず、同時に粗暴な形であらわされる娘の健全なものも分らず、ただ自尊心を傷けられたという憤怒を、偽善というような言葉の上に集中した。
「お前もこの頃はやりの物質論者だ」
到るところで耳目に触れるようになって来ている唯物的という言葉を、瑛子は間違った内容にとりちがえて云った。
「大方私が不自由なく食べていられるのがいけないとでも云うんだろう。父様に食わして貰っているくせにと云うんだろう。この家を今日までにしたのが父様一人の力だとでも思っているんなら、念のために云っておくがね。大間違いだよ」
思いやりと洞察とでこういう風に焦点がずって来たのを喰いとめて母を納得させ得るだけに宏子はあらゆる点で成長していなかった。いつしか地盤の移っていることは分っていても勢におされて母娘は、益々広汎な、根本的
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