く悩みのこもった一瞥を母に与えた。
「私には云えないけど――現にそうじゃないの、自分でわかっていらっしゃる癖に。私にも母様のいろんな気持、わからなくはないのよ。そう世間並にだけ見てもいやしないわ。それだのに何故そうやって嘘をおっしゃるのよ。何故冷静ぶったりするのよ。そんなの偽善だわ――だから……」
宏子は自分を抑えて沈黙した。宏子は田沢と母との所謂《いわゆる》文学談そのものも、想像すれば、まざまざ同じ拵えものの偽善めいたものにしか思われないのであった。
「こんな暮しをしていて」
宏子は室内を視線でぐるりと示した。
「社会的には体面も満足させる良人をもっていて、自分の気持に対してまで偽善的だったりしたら、あんまり通俗小説だわ」
若くて青年ぽい良心の自覚やそれを譲るまいとする荒々しさから宏子は、溢れそうな涙を無理やりのみ込んだ猛烈さで、飛びかかるように云った。
「もし母様がそんなんなら、私、もう本当に、本当に、同情なんかしやしないから!」
宏子は女の歴史的な苦しみの一つとして母がこのことで苦しむのならば、娘である自分も堪え、皆も堪えさせようと心をきめて見ているつもりであった。どうな
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