な問題に触れながら諍った。
 間で一二度温室を見に行ったきり順二郎はずっと傍で、自分からは一言も口を挾まず、母と姉との嶮しい問答をきいていた。宏子がやがて急に気づいたように、
「さあさあ、順ちゃん、もうお休み」
と、置時計の方をすかすようにしながら云った。
「あしたはまたドイツ語だろう」
 瑛子は、
「いいよ、いいよ。たまだもの、おきといで」
 愛情と押しつよさをもって裾をひき据えるようにとめた。
「順二郎だってもう子供じゃないんだから、よくどっちが正しいかきいといで」
 腰かけのところは灯のかげになっている。順二郎はふっくりした瞼の上を誰にも見咎められずかすかに赧らめた。

        七

 温室は床が煉瓦で、左右には、その中でこまかい芽のふき出している培養土の棚がある。順二郎は古い三脚をその煉瓦の通路のところへ持ちこんで休んでいた。この三脚へ腰をかけて、去年の秋姉の宏子が、高校へ入学した祝に温室一つ貰うなんてと非難めいて云った。その三脚であり、その温室である。
 きのうから、二月という季節に稀なひどい南風であった。庭の敷石がびっしょり濡れて、嶮しい空を暗い雲が叢立って北へ北へ
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