されて来て、宏子は腹立たしいような気持になって来た。
「その中に、ゲーテが自分はカルヴィン派の聖餐で満足しなければならないって云っているんだって。――カルヴィン派って……どういうのかしらね」
「どうせキリスト教だわよ。母様は今も宗教なんか信じないっておっしゃるんだから、そんな聖餐なんかどうだっていいじゃないの」
 喉の中へかたまりがこみ上げて来るような感情で宏子は意識した意地わるさで云ったのであったが、瑛子は、普通でない娘のその調子に気づかない程自分の話題に気をとられていて、
「父様は、こういう話がまるでお分りにならないもんだから、田沢さんと話しているのがお気に入らないんだよ」
と親しみの口調でゆっくり云った。宏子は何となし唇を軽くかんだ。
「話しかただっていろいろあると思うわ」
「若い人ってものは率直だからね。……父様の分らない話でも何でもかまわずその場ではじめるもんだから」
 宏子は、
「あの人、率直なもんですか!」
 覚えず父親をかばって、田沢の顔を手でつきのけるように遮った。
「あの人は、父様が専門違いでそういう話には仲間に入れないのを知っているくせに、わざとやるのよ」
「千鶴
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