こんでいるんだからねえ。――ラスプーチンだよ」
 真面目に慨歎してそう云ったので、宏子も順二郎も笑い出した。瑛子は父親が専門は文学であったが井上円了の心霊術に反対して立ち会い演説をやったという話をした。
「私は宗教なんか信じないね」
 瑛子は断言するように云ったが、その調子にはしんから冷静な性格でそれを信じないというには余り熱がありすぎて、却って宏子には一種の不安が感じられるのであった。
 そんな話をしているうちに、宏子は、電話口でさっき云われた本のことを思い出した。
「ああ、あのシュタイン夫人への手紙って何なの? そんな本があるの?」
「あるんじゃないのかえ?」
と逆に瑛子がききかえした。
「私、知らないなあ。ゲーテの伝記や何かのほかにあるのかしら――順ちゃん、知ってる?」
「僕しらないんだ」
「そりゃそうだわね、フランス語なんだから」
 そう云うと同時に、宏子は、母にそんなドイツの本のことを告げた人物が誰であるか判った気がした。田沢という名と結びつけられるとゲーテの有名な愛人であったシュタイン夫人へやった恋愛の書簡を集めたものに違いない本そのものが、何となくいや味っぽい光に照らし出
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