のままにほぐれた笑顔で、いつもの正面の場処から娘を迎えた。
「ずいぶん、かかるんだねえ」
「すぐ出たのよ、あれから」
 順二郎が、傍の腰かけのところにいた。宏子は、この間の晩、自分たち姉弟が味った気持の記憶の上で、順二郎に向って首をうなずけながらちょっと表情をした。順二郎は、上瞼のふっくりした落付いた顔の表情を目につかないくらいかえたが、さりげなく、
「今そと風吹いてる?」
ときいた。
「少し吹いてるわ。なあぜ?」
「僕温室の窓をすこしあけすぎているかもしれないんだ」
 部屋には、今夜の瑛子の身のまわりにあると同じ平明な気分が湛えられている。宏子は母の横のところに坐って、テーブルの上へ両腕を組み合わせた上へ自分の顎をのっけた。
「何だろう、この人ったら。犬っころ見たいに――」
 瑛子はいかにも大きい娘を話相手としている調子で高輪の井上の悶着の話をしたりした。
「行って見ると、高山がいるっきりで、麗子ちゃんが台所をしている有様なんですもの、お話にならないよ、全く」
 元大臣をしていた人の細君が天理教に凝って、同級生であった瑛子を勧誘しに来たそうである。
「ああいう迷信がああいう階級へ入り
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