「――惜しかった、やっとこさ三年があすこまでのり出したのに」
と云った。
「…………」
 今の場合でも、はる子は事柄全体を初めから終りまでひっくるめてそう云っているのであって、宏子も勿論その点では同感なのだが、三田の態度に対する不満な気持は、それとして在るのであった。腕組みをして、むっつりしている宏子の顔をはる子は暫く眺めていたが、やがて黙って宏子の肩を一つ情を罩《こ》めてたたいて出て行った。今にも始りそうで遂に始らずに終った学生たちの感情と行動の流れ。しかもそのかけひきでは学生たちがはぐらかされたという気分が、その夜は寮全体にぼんやりと漂っていた。
 宏子が手洗から部屋へ戻ろうとすると、
「あ、ちょっと! ちょっと、加賀山さん電話よ!」
 舎監室の横から学生の一人が手招きした。電話は家からであった。瑛子が出ていて、
「どうしているの」
と云った。
「きょうは夕方でも来るかと思って待っていたんだよ」
 では、今夜は田沢は来なかったのかもしれない。宏子はその瞬間軽くなって行く自分の心を感じて、嬉しさと悲しさの交った気持になった。この間の夜以来強いてもうちのことから心をはなそうとして暮
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