の知ったことではないじゃないか。第一そんな者がいるんなら毎晩どんなにおそくっても家へかえって来て寝るなんて奴があるか」
「ねえ、嫂さん、こういうずうずうしいことを云うんですよ。これまで何百遍高島屋からものを届けさせたか知れないけれど、一遍だって高輪の井上様とは書いてきませんでしたよ。あなたが、これは大森の方だよと云ったから、そう書いてあるんじゃありませんか」
「帳場でしらべて来なさい。そしたら気がすむだろう」
「帳場なんか!――自分でちゃんと口止めしといて……ああ、ああ」
 さわ子はぼってりとした肉付で重い体を捩るようにしてまた涙をこぼしはじめた。
「勇蔵ったら、御覧なさい、こうして私をどっちへも手も足も出ないようにしてしまって、死ぬのを待ってるんです」
 井上は、葉巻の先を切りながら加賀山に向って、
「君に云っては相すまんが、僕は女房には失敗した。加賀山にもこういう頭の悪い奴が出るんだね。――実は僕は子供らも母親が母親だから大して期待しないことにしたよ」
 勇蔵の言葉が子供のことに及んだ時、泰造は、非常に真面目な苦痛そうな表情を浮べた。そして、帰りに妻から彼女の心理的に微妙な理由によ
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