った。顎紐をかけた巻ゲートルの警官が一人は運転手の窓のところから内部をのぞき込み何か云った。運転手が、ハアそうですと答えている。同じ服装のもう一人の警官が車室のドアを外からあけた。
「失礼します」
泰造は、元の姿勢のまま、挨拶するように軽く人指し指を動かした。瑛子は、白粉のある瞼を薄すりあけたが、またそれを瞑った。
バタンとドアがしめられ、さっき左右にふられた提灯が、縦に大きく動いて、前のも動き出し、泰造夫妻の自動車は再び平らかな、むらのない、おとなしい速力で進みはじめた。
東京もこの時間には短い眠りに入っている。市場へ野菜物を運び出すトラックなどが乱暴に弾みながら電車軌道の上を疾走してゆくのに遭う。
瑛子が背中をよじってクッションの工合をなおしながら、
「おさわさんにも全く困りますねえ」
眼をつむっていた間じゅう、そのことを考えつづけていたような声の表情で云った。
「夜よなか、こうして呼びつけるなんて――大体あなた、勇蔵さんにもっとちゃんとした態度をお見せにならなけりゃ駄目ですよ。さわ子もてきぱきした性質でないことは認めるなんて――勇蔵さんはああいう機敏な男だから、兄さんも
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