それ等が互に重なり、絡み、解ける間に、宏子の心の中にはおのずから包括的な結論が生じ、次第に複雑な生活の推進力のようなものに形成されて、はる子が理論で示す方向に心持から一致して行くのである。そして、一致したとなると、宏子の天性はいくらか子供らしいくらい自分の認めたものに対して誠意をもつのであった。

        四

 夜なかの三時の古川橋へ向う大通りを、一台の自動車が落付いたスピードで進んで来た。ルーム・ランプに照らされて一方の隅に浮紋レースの肩掛をした瑛子が、背中にクッションを当てがって目を瞑っている。かさばらない縮緬の袱紗包を隔てた一方の隅に、泰造が左手を肱の下へかって折々右手の拇指と人さし指で唇の両端を押えるような摘むような恰好をしながら両脚を行儀よく前に並べかけている。その泰造の顔にも、疲労の色があらわれていた。
 古川橋の交叉点へ近づいた時、通行の途絶えた暗い、昼間より広く見える軌道のところに三つ四つ入り乱れている丸提灯の赤い灯かげが見えた。自動車は更にスピードを落して静かに近よって行くと、行手の途の上で一つの提灯が大きく左右にふられ前の車もそこで止っている。非常警戒であ
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