たんでしょうか、あなたに分らないかしら。分ったら教えて下さらない、ね?」
 苦痛を感じながら宏子は、
「おとといってのは私も知らないんですけど――何か都合があったんじゃないのかしら」
と事実とは多少違う答えをした。
 これらの細かいながらそれぞれの原因や内容をもった出来事は、学校内の動揺している空気と共に宏子の心に深く印象され、蓄積されて行った。はる子は、目立たないようにと苦心しながら屡々《しばしば》外出した。そして宏子は、その間にはる子のために作文の代作をし、教科書に書入れをしてやる。これらの時期を通じ、宏子は自分の性質とはる子の性格との相異と、相異しながらまたどんなに近いかということをこれ迄よりはっきりと自覚した。同じ経験に出会っても、はる子はそのことからじかに自分の感情を動かされることがないらしく、すっかり順序のきまっている考えかたに従ってそのことの性質、筋とでもいうようなものを抽き出して、その対策に何の躊躇もなく頭が向いて行く。学校の空気が動き出して以来、はる子のこの特長は緊張して目立った。宏子の方はそうでなかった。一つずつの印象が、その情景、眼付、響のまま鮮明に心にのこった。
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