しているんです、下の弟妹たちを私が見てやらなけりゃならないもんだから。卑怯かもしれないけれど、もし私どうにかされたりすると本当に困るわ」宏子は返事のしようもなかった。
「――大丈夫なのかしら」
「私にきいたって、無理だわ、そうでしょう?」
塚元の言葉は、何だかねばっこい不快な感じを宏子に与えた。そんなことがあってから五日ばかり後、宏子は再び思いがけない上級の川原にタイプライタア練習室の外で呼びとめられた。川原は、
「ちょっと、加賀山さん『欅』のことで用があるんだけれど」
と、宏子を、レコードに合わして何台ものタイプライタアが鳴っている壁の外の不用なテーブルなどが重ねてある一隅へつれ込んだ。
「あのね、妙なこときくようだけれど、おととい、いつもの、やったんでしょう? はる子さん何故だか今度は私に知らして下さらなかったんですけど……」
当惑を感じながら宏子は揺がない注意を集中した視線で川原の浅黒い顔を見守った。
「はる子さん、何故知らして下さらなかったんでしょう」
偽りでない苦しげな表情が、頬骨の高いどっちかというと不器量な川原の面に湛えられた。
「私何だか……苦しいの! 私、何かし
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