あんな謡曲なんか好きなんでしょう。若い癖して、ねえ。全くくさくさしちゃうわ、あたし……」
杉と宏子は連立って部屋を出た。半分開けっぱなしになっているドアの隙間から、明るい室内の空気が照るように派手な友禅の羽織の後姿が見えたり、階段の中途で一人は上に一人は下に立ち止って顔を向けあって何か喋っている、両方ともが広幅帯をきっちり胸のところにしめていたり。ふだん主に洋服で暮しているここの学生は日曜日には半数以上着物になって、新しい足袋や袂をぎごちなさが珍しくうれしそうに、ざわめいているのであった。
洗面所のところで予科の学生が、ふだん畳んでしまわれてばかりいるのできっちり折目の立った銘仙の長い二つの袂を肩の上へ掬《すく》いあげて、
「あらあ、いやだわ、私。本当に大丈夫かしら、盲腸になんないかしら。――いやだわあ」
としきりに水をのんでいる。間違えて果物の種をのんだのである。
社交室では、祇園小唄のようなレコードが鳴っていて、それに合わせて女同士六組ばかりがダンスをしている。
一歩外へ出れば、晩秋の畑と雑木林とが地平線まで広闊に拡っていて、あたりには町並もなかったから、日曜日の午後の女学
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