くっきりとした二重瞼の眼を見張るようにして杉が、
「あなたどっか工合がわるいの?」
ときいた。
「どうして?」
「食堂で沖がカキ[#「カキ」に傍点]に何か云ってたから――」
宏子は、黙ったまま肩をすくめた。
「本当はきのう泊るつもりで家へ行ったんだけれど、急に帰って来ちゃったもんだから」
「ふーん」
一晩睡って眼を醒した今でも、宏子の心の中には家での印象が一杯に、重く複雑にのこされている。杉は真率で勝気なところもある可愛い娘であるが、その天性は、こうして相対している宏子がそんなこと迄うちあけたいと思うだけの何かの力を欠いているのであった。
起き出して宏子は寝台を整え始めた。それをよけて窓を背にして靠《もた》れながら杉は、
「あたし今日兄さんのところへ行こうかと思ってたんだけれど、やめよう」
気落ちしたように云った。
「どうして?」
「つまんないんですもの――お洗濯ばっかりしてやって帰って来るなんて。――それでも少しはよろこんで呉れるんならいいけれど、まるで当然みたいな顔をしてるんだもの」
杉の家は故郷で代々医者であった。後継ぎの兄はアパート住居で慈恵に通っていた。
「どうして
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