ちっとも霊感《インスピレーション》がないから厭になっちゃったの。わかった? わかったら行ってよ」
「――困ったひとねえ」
 霊感という、よく説教の中にくりかえされるつかまえどころのない一言が逆な功を奏して、飯田は悄気《しょげ》たような呟きをのこして行ってしまった。枕の上へ頭をおとして天井を眺めながら聴いていた宏子の口元がおかしそうにゆるんだ。
 形式的にノックして、ドアが勢よく開いた。
「聞いた?」
 杉が、目鼻だちのちんまりとした善良な顔に、自分の思いつきが成功したのさえいやだ、という表情を泛べて宏子の寝台の横へ来た。
「何てうるさいんでしょう、ひとのことまで」
「大変うまく行ったじゃないの」
「そうかしら」
 笑いもせず杉は、
「でも、内心きっとやっきなのよ。この頃随分出ない人が殖えたんですもの。正面から出なさいって云えないもんだから――いやねえ、飯田さんなんか使って」
 若い娘たちの或る時代の気分から聖書や礼拝に何となし感傷的な気分を牽《ひ》きつけられていた学生の中にも、左翼の思想は浸潤して行って、目に見えず急速な分裂をひき起しているのであった。
「そう云えば」
 大きくはないが
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