生たちのこういうとりとめない色彩の溢れたざわめきは、周囲と切りはなされて、無形の柵の中に囲われている一団のような感じを与えるのであった。
 奥庭の、ヒマラヤ杉のかげにある日だまりのベンチのところで演劇部のものがクリスマスにやる英語芝居の科白《せりふ》を諳誦していた。
「おお! マリア! 見たか? お前は確に見たか?」
 一つの声が英語でそう問いつめよった。すると、その答えをするべきマリアが突然日本語になって、声を落しながらも十分聞きとれるように特別に抑揚をつけて、
「ええ見ましてすとも」
と答えた。
「上海へ着きますとねえ、マア支那人ばっかりいたんでございますよ」
 シーッ! 圧えても圧えても鎮まることの出来ない生気溢れる笑いが続いた。カキ、即ち柿内ナミという生徒監が先頃上海視察に行って、帰った時講堂に学生を集めて報告をした。その第一声がこの近頃の傑作である上海へ着きますとねえ、なのであった。
 お八つの時間に、日曜日らしくお汁粉が出された。食堂を出て、今日は店番をしている人のいない購買組合の店のところへ来かかった時、
「ちょっと! ちょっとってば!」
 はる子がうしろから小走りにかけ
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