りこんだ。皆に顰蹙《ひんしゅく》され切っていながら、鈍感とも鉄面皮とも判断つかない笑顔で金とプラチナの歯を光らしながら、沖は依然として部屋部屋を歩いているのであった。

        二

 構内にある礼拝堂から、日曜日の朝礼を知らせる鐘の音が響いて来た。風がつよいと見えて鐘は余韻なく遠くに聞える。宏子は枕の下へ手を入れて時計を見た。朝飯には出ないことにして、毛布の下でまだ睡り足りなくて熱っぽい体をのばした時、誰かが宏子の部屋のドアのすぐ外のところへくっついて、
「ね、そんなに云わないで――一人で行って頂戴よ。私の勝手じゃないの、行ったって行かなくったって」
 初めは哀願するように、しまいには憤ったように飾りっ気のないふくれた調子で云っている。秋田訛のある杉登誉子の声であった。
「ですけれどね、きのうイー・エス・エスのときミス・ソーヤーがあなたのことをわざわざきいていらっしゃったんですもの。何故この頃礼拝に来なくなったのかって――私仕方がないから、アイ・ドント・ノウって云ったわ。そしたらミス・ソーヤーは、シイ・イズ・ア・ナイスガアルっておっしゃったんですもの……行きましょうよ!」
 
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