海浜一日
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)硝子《ガラス》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)九八丁|距《へだ》たった

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]
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 発動機の工合がわるくて、台所へ水が出なくなった。父が、寝室へ入って老人らしい鳥打帽をかぶり、外へ出て行った。暖炉に火が燃え、鳩時計は細長い松ぼっくりのような分銅をきしませつつ時を刻んでいる。露台の硝子《ガラス》越しに見える松の並木、その梢の間に閃いている遠い海面の濃い狭い藍色。きのう雪が降ったのが今日は燦《うら》らかに晴れているから、幅広い日光と一緒に、潮の香が炉辺まで来そうだ。光りを背に受けて、露台の籐椅子にくつろいだ装《なり》で母がいる。彼女は不機嫌であった。いつも来る毎に水がうまく出ないから腹を立てるのであった。
「――今度は私がその何とか云う男にじかに会ってみっちり言ってやる。いくら計算は計算でも水が出なけりゃ迷惑をするの
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