は私達ばかりだ」
編物をしながら、上の娘の佐和子が、
「計算て何なの」
と訊いた。彼女は結婚して親たちとは別に暮していたから、この別荘に来たのもそれが二度目であった。
「いいえね、理論の上からではここの水は半馬力の発動機できっと上る筈だと云うんだよ。自分がそう主張して半馬力のを据えつけたんだから、どうしてもそれでやらなけりゃ面目が潰《つぶ》れるって云うんで、幾度も幾度もなおすんだがね――無理なのさ」
「――一馬力ならいいんだって、ね……」
長椅子の隅に丸まって少女雑誌を読んでいた晴子が、顔を擡《もた》げおかっぱの髪を頬から払いのけながら、意を迎えるように口を挾んだ。
「そうなのさ」
母は益々不機嫌に、
「だから始っから、父様さえちゃんとしてとりかえさせておしまいになればいいのに――もう二年だよ、来るたんびに水が出ない、水が出ないって」
母は糖尿病であった。それ故じき癇癪《かんしゃく》が起り、腹が減り、つまり神経が絶えず焦々《いらいら》している気の毒な五十三の年寄りであったけれども、彼女の良人は、健康でこそあれもう六十で、深く妻を愛している矢張り一人の老人だ。佐和子は、結婚生活を
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