る。佐和子がおかしがって、
「やあ父様についちゃった、かぎつけた」と囃《はや》した。
「ほんと! ほんと! お父ちゃまについちゃった!」
父が振かえった拍子に、犬の鼻へ包が擦りついた。犬は、砂をとばして素速く数歩逃げた。父は、ひどくびっくりしたらしく、娘達が思い設けぬ真面目な声で、
「ゲッタアウエー! シッ! シッ!」
と犬を叱った。娘達は傍で笑って見ている。斑犬は、その二つの笑顔を眺めているから、父の嚇《おど》しを本気にしないらしかった。だんだん、彼も遊ぶ気になったと感違いさえしたらしく見えた。千切れそうに益々尾を振り、父が追うのを断念して歩き出すと、忽ちくっついて来る。佐和子はふざけて言った。
「お父様、毛皮の外套なんか召すからこの犬、同類だと思うのよ」と、その間にも、父は時々、
「シッ! シッ!」
と言ったり、砂を抓んで投げつける振りをしたりする。何か本気で不安を感じているらしいのが佐和子に分った。父は、元から犬など嫌いな人であったのだろうか?
行手に、そろそろ二本アーク燈の柱が見え始めた。松林がその辺で少し浜へ辷り出している。数艘、漁船が引上げられ、干されている。彼等はその
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