父親に怒って貰いたかっただろう。彼はしんから父に気の毒に思ったので、出来るなら頬の一つも打って欲しかった。勿論泣くだろう。けれども、父親が、彼にさえ感じられた努力で癇癪を抑えるのを見るよりは、ずっと後がからりとしたに違いないのだ。けれども、父は、他処の父親が息子を怒りつけるようには怒らなかった。それがフランツに、寂しさを与えた。
 母親についても、彼の感じは同じであった。他の村人や学校の教師についてさえも。
 フランツは、何故か、自分は悪戯《いたずら》やその他同じ年頃の少年のする馬鹿なことは、決してしないものと傍からちゃんと定められているような窮屈さを感じた。
 たまに何かやると、人々は真面目に、大人に対してのように言葉|寡《すくな》く愕きを示した。そして彼から、弁解や活溌な口応えや、止められたことをまたする冒険の面白さを殺《そ》いでしまった。
 彼は、何とも知れず厳かな雰囲気が、到るところ自分の行く先について廻るのを知った。彼の少年らしく野放しな陽気さをのぞむ心持、腕白小僧のように遠慮なく大人とふざけ廻って見たい気持は、皆、そういう彼の力ではどうしようもない何物かで阻まれてしまうのであった。
 これ等の、内へ内へと、自分の憧れや、楽しさを追い込まれる寥《さび》しさが、全く、不思議な自分の顔立ちの故だとはっきり解ったのは彼が十五の時であった。
 その年の秋、例年通り、村長の持ち山で、胡桃《くるみ》もぎの年中行事があった。
 フランツもその年から村の若者の仲間入りが出来る筈であった。彼は、白絹の晴着の襯衣《シャツ》をつけ、父親の他処行を直した天鵞絨《ビロード》の半|洋袴《ズボン》をはいて、隣りのエルンストと出かけた。山には荷車に載って行った小綺麗な身なりの娘の一隊が待っていた。
 村長が振りまわす杖の先で、笑ったり犇《ひし》めいたりしながら、若者達と娘等は入り混って幾組もに分れた。
 娘達は、皆手にリボンで飾ったいろいろの形の籠を下げた。男どもは、先に鈎のついている長い枝下げ棒をかついだ。フランツは、二人の小っぽけな娘と組になった。
 二人とも同じように薄赭い少い髪を編み下げにし、狭い胸に黒天鵞絨の胸衣《ボディース》をつけている。始りは少し間がわるかった。けれども、片方の、雀斑《そばかす》のある娘が、
「あら! お前さんのズボンもビロード?」
と叫んでから、すっかり極
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