りわるさがとれた。フランツは、元気よく二人をつれて樹の間に分け入った。
 彼方此方から、楽しそうな笑い声や、陽気な合唱、木の枝のざわざわいう音が響いて来た。
 組と組とが、ひょっくり樹の陰から出会いでもすると、両方でどっと悦びの声をあげた。娘達は籠を覗き合う。或る者が入れ換る。傍では手を叩いて笑い囃す。ぱたぱた馳ける跫音。その秋の一日は非常に麗かであった。
 小さい娘達とフランツも工合よくやって行った。
 彼は、どっさり果《み》のついている枝を見つけては、低く低く、いつまででも娘達のもぎきるまで曲げていてやった。娘共はずるく牒し合わせ、わざとのろのろ暇をかける。フランツが手を怠《だる》くして枝を離すと、彼が余り早く手離したと云って怒った。怒りながらふきだした。
 虫食いの不具な果でもつかむと、彼女達は、
「いやなフランツ! 虫っくい」
と、彼にその果をぶっつけた。
 はははは。もっとぶっつけろ、もいだ胡桃をみんなぶっつけろ! フランツは樹に登るぞ。彼は登った。乾いて好い匂いのする葉の間へ本当に隠れた。そして、ばらばら枯れ葉をお下髪《さげ》の頭にふるい落す。
 が、またいつの間にかするする裏板から辷り降り、上ばかり見上げている娘達の鼻先に、ばっさり好い枝を引き下げて、愕かすのだ。
 楽しい胡桃山の上に日が移った。
 樹々が長い濃い影を地に落す時刻になると、再び村長の杖が皆をかり集めた。
 若い者達は、村まで歩いて帰ることになった。荷馬車は村長と胡桃を載せて、謝肉祭の山車のように列の真中に割り込んだ。
 フランツはエルンストに会い、暫く彼と一緒に歩いた。
 山合いの曲った草道を抜けると、路は、なだらかな傾斜の耕地に出た。遙か遠くに村の教会の塔が見え、頂の十字架が、西日でキラキラ燃えるように光った。それも段々薄れて、やがて見えなくなり、四辺に低く夕暮の靄が這い始めた。もうよく見分けられない列の前方から、足に合せた速い調子で「早起きトッド」の歌が聞え始めた。
 フランツは、ふと、連だった小さい娘達のことを思い出した。
 彼はエルンストと別れて、歩調を早め、列を前に通りぬけて見た。娘達はいた、やはり二人かたまって、少し大きい娘の傍にくっついて、黙ってせっせと歩いている。
 フランツは、顔を見定めてから傍によって行った。
「一緒に歩こう」
 声をきき、顔をじっと見、それがフラン
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