しまった。
お君は、暗黒い中で、まざまざと彼の時分の事を思い浮べた。
あの時は、まるで、どうも出来ないほど辛いと思って居たが、今思うと、ほんに何でもない事だったと思うと、
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「姑のある家へ行ったら、なかなかこれどころではないものだよ。
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と主婦がよく云って居たのに思いあたる。
物事をよく条だてて行く、男以上に頭の明らかな主婦が、自分が今日こうやって、こんな事になやまなければならない運命を持って居ると云う事を胸の中に知って居て、
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「人間は、いつどこで、どう世話になったり、なられたりするか分らないものだから、不義理はして置けないものだねえ。
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と立つ朝何気なく、他の話に取り混ぜて云ったのではあるまいかとさえ気を廻した。
自分の愚かさから、いつでも行く先へ網を張る様な事を仕出来して、お君は、淋しい、やるせない涙を、はてしない夜の黒い中に落して居た。
(四)[#「(四)」は縦中横]
栄蔵は翌る朝早く川窪へ行くと云って、来た時の通りの装で出かけた。
半分はもう忘れて居る道
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