になって、病気について、何の智識もないお君は、非常に恐れて、熱はぐんぐん昇って行きながら、頭は妙にはっきりして、今までぼんやりして居た四辺の様子や何かが、はっきりと眼にうつった。
胸元から大きな丸いものがこみ上げて来る様な臭いの眠り薬、恐しげに光る沢山の刃物、手術のすみきらない内に、自然と眠りが覚《さ》めかかってうめいた太い男の声、それから又あの手を真赤にして玩具をいじる様に、人間の内実《なかみ》をいじって居た髭むじゃな医者の顔、あれこれと、自分が無我夢中になる前五六分の間に見た事聞いた事が、それより前にあった百の事、千の事よりもはっきりと頭に残って、夜中だの、熱のある時は、よく、此の恐ろしい様子にうなされて居た。半月ほど、病院のどっちを向いても灰色の淋しい中に暮して、漸々、畳の上に寝る様になってからまだ幾日も立っては居なかった。けれ共、絶えずせせこましい気持になって居るお君には、一日の時間も、非常に長い、非常に不安心なものであった。
お君は、思い出に一杯になった体を、溜息と一緒に寝返りを打たして、今までとは反対の壁側に顔を向けた。
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「母はんは、苦労ばかりお
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